※このレビューには一部ネタバレが含まれています。できるだけ原作のゲームをクリアしてからお読み下さい。 「幸せの洪水の前で」とは?
空前の大ヒットとなった「月姫」で、同人ソフトのあらゆる常識と記録をことごとく塗り替えたTYPE-MOON。その商業ブランド移行第一作となった「Fate/stay night」の二周目のシナリオ:「Unlimited Blade Works(以下、UBW)」の、遠坂凛グッドエンド後のアフターストーリーを、ほのぼの、そしてちょっぴり真面目に描いた同人誌、それが「幸せの洪水の前で」です。(タイトルはムーンライダースの曲より) あの壮絶な戦いから二年…魔術の最高学府:時計塔に招聘され留学した凛とともに、士郎とセイバーはロンドンに渡って三人で共同生活を始めていた。相変わらずやたらと気が利きすぎる士郎と、ようやく平和な日々に楽しさを感じ始めたセイバーに囲まれて…魔術を究めるための自分の勉強・まだまだ半人前の士郎の修行・膨大な魔力を消費する英霊セイバーの実体化の維持、そして「アイツ」と交わした最後の約束…想像以上に大変な毎日だったけど、凛は「幸せ」という言葉の本当の意味を実感していた。しかし、そんなある日、魔術の基礎を学んでいた士郎は教授に呼び出されて、「魔術師としての適正がない」と宣告されてしまった。それもそのはず。衛宮士郎がたったひとつだけ使える魔術は”禁呪”なのですから…他人に知られれば最悪の場合、封印指定もありえる。でも、このまま黙っていたら、士郎は自分の意志で凛の元から去ってしまうだろう。その時、凛は… 「アイツ」との約束、いつか辿り着く場所 士郎を正しく導いて行くことが、アイツ(アーチャー)を救うことになる…それが、士郎を自分に託したアイツとの最後の約束だから…だから、凛は引きずるようして強引に士郎をロンドンまで連れて来た。士郎がアイツと同じ道を歩んで人間の全てに絶望して、自分自身の存在さえも呪ってしまって、血のごとき紅き剣の丘に、たったひとりで旅立ってしまわないように…いつか士郎が、自分自身のことを好きになれる日が来るように… だが、凛が心配するまでもなく、アーチャーとのあの激しくも無骨な魂の剣戟の果てに、士郎はすでに「答え」を見つけていたのです。士郎にとって、アーチャーは確かに追いかけるべき背中であり理想だけど、アイツと同じ場所には辿り着かない、アイツ自身にはならない。そう決意していたのです。それは、未来の自分自身への誓いであり、そして、今とこれからを共に生きていく、凛やセイバーたちへの誓いでもあったのです。何も欲しがらず、まったく自分を顧みなかった士郎が、初めて自分自身のために決めたこと。それは、いつか辿り着きたい大切な場所があり、大切な夢があり、大切な人がいるから… 大切な場所・大切な夢・大切な人 UBWルートの派生エンドとなっている、グットエンド「sunny day」の解釈を巡っては、事実上はセイバーのグットエンドであるとか、凛ルートというよりアーチャールートだとか、これこそが物語の大団円だ!…などなど、様々な見解があるようです。しかし、ひとつだけ確実に言える事は、散々文句を言い倒した挙句に、照れ隠しをしながら強引に手を取って、ずんずんと前を歩いて引っ張ってくれる、遠坂凛という魅力的なキャラクターの存在があったからこそ、アーチャーの魂は最期の瞬間に彼女に救われ、彼女に”自分の未来”を託すことで、初めて素直に笑うことができたのだと思います。 「私…がんばる」と、今にも泣いてしまいそうな顔で、でも、とても強い意志で約束した凛に向けたアーチャーの笑顔。原作での少年のようなアーチャーの笑顔も素敵でしたが、この作品でたった1コマだけ、さりげなく描かれている、様々な想いが込められたアーチャーの穏やかな笑顔も、とても素敵だと思います。 すべてをひとりで背負い込むのではなく、ともに生きてゆく大切な人たちと過ごす、「今」この日々の喜びも悲しみも、すべてを分かち合えるということ。「未来」ともに大切な夢に向かって歩むということ。大切な場所は、いつだってそこにある。それが、平穏な日々というもの、「幸せ」というものの本当の意味なのだと思います。そんな風に、とっても前向きな気持ちになれる、心が温かくなる、作品とキャラクターへの愛が詰まったオススメの1冊です。
※画像使用許諾:2004/05/08
First written : 2004/05/12 Last update : 2004/08/17 |