「この街で君に」とは? 忙しい日々に流されて、出会いの無さをただ歎くだけの日々を送っていた郵便配達員:宮本広彬(26)と、失恋と就職浪人で失意のどん底状態の瀬川絢花(22)。ふとしたきっかけで知り合ったそんな二人のラブストーリ、それが「この街で君に」です。柊あおい、と言えば一般の方は「耳をすませば」、もしくは最長連載作品の「星の瞳のシルエット」、ちょっと意外な線では「銀色のハーモニー」を連想する人が多いと思いますが、私としては一番好きな柊あおい作品は短編なんです。ベタな少女漫画のお約束な展開に縛られないで、短い尺でも恋愛の機微と、甘くて切ない空気までをも描き切るのが、柊あおい作品の最大の魅力だと思います。その短編最新作となる「この街で君に」は、そんな私にとって特別な作品になりました。 ”ふたつの視点”で見つめるラブストーリー この作品の最大の特徴は、ひとつのラブストーリーを男女それぞれの視点から描いている特殊な構図にあります。物語の「if」を追求するTVゲームでは、「ザッピング」と呼ばれるこの手法は一般的なのですが、漫画でこの手法が外伝以外の目的で用いられるのは極めて珍しいケースです。男の子主観の「この街で君に」と、女の子主観の「この街であなたに」。この2つの視点で描かれる1つの物語を1本の作品として連続して読むことにより、男の子と女の子、それぞれの立場から恋愛のプロセスがより深く理解できます。なんでもない1つの場面でも、その場面に至るまでに積み重ねてきた両者の心情の機微を知り、相互の視点から物語を見直すことで、そのなんでもない1つの場面は、とても大切な名場面としてキラキラと輝き始めます。 恋愛というものは、とかく空回りや一人相撲に陥りがちで「気持ちが伝わっているかどうかわからない」という不安に襲われてしまうものですが、この作品では、その特殊な構図によって両者の気持ちを描ききることで「ちゃんと想いは通じているんだ」と確信することができます。いたずらに読者の不安を煽るような展開が多い少女漫画とは違って、この作品には独特の読後感があります。読後にじんわりと胸にしみこんでくるような、とても温かい気持ちになれる、柊あおい短編だからこそ、表現することができた傑作だと思います。 いつかどこかの街であなたに 私自身、この作品を特別な感慨を持って読むことになりました。というのも、この作品を読んだ当時、私は宮本君と同じ26歳であり、現在の職場には女の子の気配すらありませんでした。そして、これは昔の話ですが、バイト先で年の離れた女の子から告白されたことがありました。宮本君と同様に、その子とは年の差もあって上手く行きませんでしたが、その失敗から恋愛というものに臆病になってしまったのもまた事実です。それから幾年かが過ぎて、私は少々のことでは動じない”オトナ”になることと引換えに、知らず知らずのうちに大切な何かを諦め・忘れかけていたような気がします。日々の日常に流されて、忙しさや環境のせいにして、自分に言い訳して… そんな時期に、この作品に出会えたことで「未来(あした)が来るのが楽しみになる」という気持ちになれました。恋する気持ちを忘れかけている方に、男女を問わずにオススメしたい逸品です!
First written : 2003/01/31
Last update : 2003/10/21 |