「銭」とは? 交通事故で死んでしまった中学生の少年:チョキンは、死ぬ間際に霊体になって不思議な女性と出会った。「ライプニッツ方式と新ホフマン方式のぢっちがいい?」ジェニーと名乗るこの女性の霊体は、チョキンに「死んだときの逸失利益の計算方法」を講義し始めた。このまま事故に遭わずに平均寿命まで生きていたら、一生でいくらぐらい稼いだのか…言わば「命の値段」です。賠償金は人間の命を値踏みする計算式に過ぎません。いくら高額の賠償金をもらっても喜べる人はいないが、残された家族は生きていかなくてはならないし、失われた命を「価値がないもの」とされたくない…賠償金とは、言わば志半ばで死んでいった者にたむける鎮魂歌(レクイエム)なのです。 実体のないたかが薄っぺらの数字が、何でもはかれる魔法の単位になってしまう。「お金」という化け物の正体とは何なのか?ファミ通などで際どい業界ルポマンガを描いてきた鈴木みそが、一見すると華やかな業界の裏台所事情を暴き描く銭勘定マンガ、それが「銭」なのです。 華やかな業界の裏台所事情を暴き描く! 前述の「逸失利益の計算方法」から始まった、チョキンとジェニーの銭勘定は、様々な業界のからくりにもメスを入れていきます。まずは、作者自身が長年深く関わってきたマイナーマンガ雑誌「コミックビーム」のリアルな現実について描かれています。気が遠くなるほど安い原稿料で計算したとしても、毎月約600万円もの赤字を出し続けるマイナーマンガ雑誌が、なぜ存続できているのか? 週70本近く放送されメディアミックスの華としてバブル化していると言われているアニメ業界…だが、製作現場でのアニメータの苦しい現実が注目されることはない。動画で1枚200円、原画になっても1枚3000円という、親の仕送りでも無ければ食べてはいけやしない。そんな環境が生んだ海外動画発注による日本での空洞化と、深刻な人材の促成栽培の現状とは? そして、流通業界の王者コンビニの店舗レベルでの厳しい現実…実に売り上げの7割もの額を持っていかれてしまうし、チェーン店を増やすことでコストを下げメーカーへの発言力が上がるなら、赤字店舗が出ようと知ったことではない。なぜなら、保証金があるから、本部は損をしないのだから… 「お金」という化け物の正体 本書には、下世話で浅ましくて腹黒いテーマの連続ですが、だがそれゆに、剥き出しの真実というものの重みを知る上で、この作品はとても良く出来ていると思います。数字としてのお金だけを取り上げてみれば、そこには身も蓋も無い辛く厳しい現実しかないように思えてしまいますが、それでもなお、そこには必死に生きている人間たちが確かにいるのです。そんな人間たちの意地をドラマとして描くことで、この作品は「お金」という化け物の正体の二面性をも描いているのです。 その最たる例が、同人業界のお金の現実を描いたシリーズです。採算度外視で本を作る者もいれば、1日でウン百万円を稼ぐ超大手作家もいる。描き手と読み手の欲望が渦巻き、なまじ儲かるが故に勘違いした同人ゴロが跋扈する。商業誌連載の年収さえ超える現金が飛び交う世界での理想と税金という現実… しかし、つまるとこと、そこには単純な銭金の問題を超えた喜びがあるからこそ続けていけるのだと思います。売れる売れないさえ実はどうでもいい。人生をより充実したものにするために、お金という手段があるのです。お金という化け物をただ恐れるのではなく、そんな風に考えてみるきっかけとして、本書を読んでみてはいかがでしょう? First written : 2004/11/09
Last update : 2004/12/25 |