「ロケットの夏」とは? そんなに遠くない昔。かつて世界には"ロケットの夏"と呼ばれる季節があった。異星人とのファーストコンタクトによって地球が銀河連盟の一員となってから30年以上が過ぎ、異星人がもたらした技術によって人類のロケット技術は飛躍的に向上し、毎日のように銀色のロケットが星々へ向って打ち上げられていた。だが、ある日を境に異星人を強制退去させる「シャットダウン」という鎖国政策によって銀河との交流は途絶え、宇宙への道は閉ざされてしまった。最後のロケットの打ち上げを見送った主人公の”ロケットの夏”もその時終わりを告げたのだった… 主人公・真幌高志は、幼い頃から数々の自作ロケットの大会で年長者にまじって好成績を収め「天才ロケット少年」と呼ばれてチヤホヤされていた。だが、ある日のロケット事故をきっかけに、主人公はロケット製作を止めて宇宙への夢に挫折してしまう。それからというもの、常識人ぶって惰性のようにすごす毎日…だが、ひとりの女の子・夏海千星(なつみちせ)との出会いが、彼を変えていく。彼女は、鎖国中の地球で現在唯一許可されている宇宙への道である、自作有人ロケット大会「フィフティ マイルズ オーヴァー(FMO)」への出場を目指して、転校早々ロケット部の設立に奔走する。あまりにも無謀なチャレンジに、周囲の反応は冷淡だった。だが、彼女のロケットに対するひたむきな姿にかつての自分を重ねた主人公は、徐々に少年の頃の情熱を取り戻していく。再び訪れた”ロケットの夏”…純愛アーカイブノベル、それが「ロケットの夏」です。 ロケットが象徴する未来・情熱、そして”想い” 一介の高校生が「有人自作ロケットで宇宙を目指す」、という無謀すぎるテーマに最初は面食らいましたが、どんなに無謀な挑戦でも、若さと情熱で乗り越えてしまう主人公たちのロケッティア魂に、次第と私の心も高揚して物語に引き込まれていきました。理不尽に閉ざされた宇宙への道(空の回廊)を命懸けで切り開いてきた、ロケット乗りたち…それは夢やロマンなんてそんなあやふやな言葉で片付けられるものじゃない。失われた人類の未来を切り開くために、無限の可能性を取り戻すために、そして後に続く者たちのために、文字通り命懸けで手探りで限界に挑み続けた…だからこそロケット乗りたちは心から尊敬されているわけです。 そして、この作品では「ロケット」というものは、大会に参加する目的であり宇宙に至る手段でもあると同時に、象徴としての意味合いがあります。それは、人類の未来であり情熱であり、そして”想い”です。「千星」のシナリオで描かれた人間の情熱が持つ可能性も、「歩」のシナリオで描かれた人間の心の弱さと危うさも、「セレン」のシナリオで描かれた気高き王者の誇りも、「ベルチア」のシナリオで描かれた気高き武人の誇りも、「はるひ先生」のシナリオで描かれた魂の尊厳も…すべては”ロケット”という象徴を通して、ひとつの大きなテーマへと昇華されているのです。そのテーマはキャラクターたちだけではなく、遊び手の心にも懐かしい”何か”を思い出させてくれることでしょう。 キャラクターを通して世界とテーマを描くという構図 この作品の何が素晴らしいかというと、世界を通してキャラクターを描くのではなく、キャラクターを通して世界を描いているという構図にあると思います。ゲームシステム上の単なるルート分岐ではなく、if でも another でもなく必然としての分岐であり、各シナリオで1人ずつキャラクターたちの魅力を引き出していくので、トータルでどんどん作品世界が好きになっていきます。これは私がシナリオ型ギャルゲーの理想像として描いてきた手法でしたが、実際にその構図の構築に成功した事例には出会った事はありませんでした。決して計算して狙ったものではないだろうけど、だからこそ貴重な成功例だと言えます。 もうひとつ素晴らしい点として、エロにちゃんと意味を持たせていることが挙げられます。私はエロゲー嫌いを公言して憚らない人間ですが、それは現代エロゲーというものがあまりにもエロというものに対して軽薄であるからだ。萌えと性欲さえ満たしてやれば、そこにいたる流れなんて知ったこっちゃない。そんな風にユーザーを舐めきったエロゲーが多すぎるし、そしてユーザーも寄らば大樹の陰とばかりにその流れにどっぷりと浸かって骨抜きにされて、メディアが与える「萌え」観に踊らされ、エスカレートした妄想を自分の中でもてあましてしまっているし…しかし、「ロケットの夏」では、その行為に至るまでの流れが必然と感じられるように丁寧に描かれていて、エロゲー嫌いの私でさえ本気でキャラクター達がいとおしく思えてしまったほどです。それは「言い尽くせない無限の信頼」であり、「今生の別れでの激情」なのですから… 最後に、発売から1年も経っている作品だというのに、こうしてこの作品をプレーするきっかけを与えてくれた、「がんばれ美月さん」の美月さんに、心より感謝したいと思います。
Last update : 2003/10/12
「ロケットの夏」 キャラクター選評 ※この選評は重度のネタバレで構成されています。ゲームの楽しみを致命的に損なう恐れがありますので、ゲーム本編をすべてクリアした方、もしくは多少のネタバレも読み流せるという方のみ、白文字部分をマウスで選択反転させてお読みください。なお、この注意書きを無視してネタバレ部分を読んでしまった場合、GM研は一切責任は取りかねますので、くれぐれもご注意ください。 夏海 千星 (なつみ ちせ)この物語の主題である「ロケット」本筋のシナリオであり、誰しもが最初にクリアする事になるであろうシナリオです。千星が主人公を強引にロケットの道に引き戻さなければ、ロケットへの情熱を取り戻すことはなかったし、仲間達と出会うこともなかったし、恋が芽生えることもなかったし…本当に何もかもが始まらなかったわけですから。スキップ機能の使えないファーストプレーということで、存分に人物関係の妙を満喫できたし、そうして「目標の達成」ありきという状況をまず作ってしまうことで、他の可能性というものを許容する余地が生まれたのではないだろうか?「ロケットを完成させて宇宙を目指す」という大目標と等価値の選択として、誰かを想う事の意味と重みを感じることができるから…ロケットを愛する同志であり、男友達のようでもある千星との間からどんな恋愛が生まれるか楽しみでもあり不安でもあったが、宇宙に達してもそこで満足したりせず、宇宙の果てを目指す千星に高志が「お前こそ真のロケッティアだ」と素直に感嘆した台詞が印象的でした。感動で素直に泣ける素敵なシナリオと言えるでしょう。 香奈城 歩 (かなしろ あゆむ)号泣。歩シナリオはまさにその2文字に尽きます。破滅への階段を転げ落ちていく終盤は、本当に辛くて辛くて…きっと大どんでん返しがあると信じつつも、最後の最後まで予測はできませんでした。あとから振り返ってみれば、すべての辻褄が合うわけだけど、そんな冷静な判断さえできなくなるくらい物語に引き込まれていました。本当に良い意味で裏切ってくれたというか、設定の奥深さに感動さえ覚えてしまいましたよ。千星をクリアしていないと歩シナリオはクリアできないようになっている、というトラップに引っ掛かってしまった人も多いだろうけど、物語の構成上、千星→歩という順番は絶対に外せないと思います。自力で宇宙へと飛び立てる人類の可能性と、他者を排除しようとする人間の心の弱さと危うさ、この2つを対比することで、どれほど絶望的な状況でも希望を捨てないでいることができた。だからこそ、その命が尽きる最後の日まで泣かずに耐えることが出来たし、その想いが報われた最後の最後では素直に泣くことができました。セレン・アンジェニュー「お姫様=チビ=生意気」というのはギャルゲーではありがちな構図ですが、セレン様のシナリオの印象は他とはちょっと違うものでした。生意気盛りのいたずらっ子のようでいて、実は生まれながらに持つ人の上に立つ者としての得難いバランス感覚と、誇りと気高さを持って素直に好きなものを好きと言えて、自らを危険にさらすことも厭わず、皆を助けるために歌い人の能力を開花させ、初めてできた友達を守るために、そして恋しい高志を守るために、サヴォアに帰還して宰相との対決の道を選んだ…そんなセレン様に惚れました!ラストシーンの宇宙空間にスフィアの歌が溢れて合唱が始まる壮大な場面では、感極まって嬉し泣きしてしまいました。銀河系屈指の連邦帝国女王の婿になる、高志の今後の苦労は思いやられますが(笑) ベルチア・ヘリアーギャルゲーには「凛とした強さを持つ女剣士」というのはお約束であり、しかも男性恐怖症でメイドさん風味の衣装で、後にメガネのオプションもつくという完璧な設定(?)ですが、そういう個々の要素よりもベルチアという”女性としての強さ”そのものが強く印象に残りました。戦闘服を脱ぎ捨てた可憐なワンピース姿のベルチアとただ町をぐるぐる歩くだけでドキドキしたし、宰相との決闘の中では「これはただの道具ではない!これは、唯一の友が…いや、私が生涯最初で最後の恋をした相手が…誰よりも愛しい人がくれた…私の、女としての証だ!」と言い切ってくれた時には、おもわず胸に熱いものがこみ上げてきました。尊敬に値する武人であり、そして誰よりも愛しい女性でもある。このシナリオとこのキャラクターに出会えたことをに大いに感謝したい。 はるひアンドロイドというのもギャルゲーでは使い古された手法だし、学園モノには攻略可能な先生は必須ですが、はるひ先生のシナリオは凡百のギャルゲーとはまったく違う、尊厳に満ちた素晴らしいものでした。たとえ自らが廃棄処分にされることになろうとも、コピーによる自己の複製再生を拒否した、人間でさえ持ち得ない強い意志。チャック(野村)を始め多くの卒業生がはるひ先生を慕って金策に奔走してくれたという事実。そして、高志に自分自身の魂とも言えるアクセスキーを預けて文字通り見も心も捧げたはるひ先生の想いの深さ…それはもう人間そのもの、いや、姿形さえ関係ない魂の結びつきと言って良いでしょう。エンディングのはるひ先生には、私の目にも確かに、はるひ先生の輝くような笑顔が見えました。素直に「ありがとうございましたと」言いたい。そんな名シナリオです。 |