「MONSTER」とは? 「YAWARA!」「MASTERキートン」「パイナップルARMY」など多数の代表作を持つ漫画家:浦沢直樹の新境地、 それが「MONSTER」です。これまでの作風とはうって変わって「サイコサスペンス」というジャンルに挑戦したこの作品は、7年間に渡る長期連載で、まったく新しい物語を作り上げました。第46回小学館漫画賞をはじめ数々の漫画賞を総なめにし、一般の漫画愛好者の間からも傑作として絶賛されているこの作品とは、一体どんなものなのでしょうか? 物語は、1986年、西ドイツのデュッセルドルフから始まります。東ドイツから亡命してきたリーベルト家の養父母が何者かに惨殺される事件が起きた。生き残った双子の妹 (アンナ)は記憶喪失に、頭を撃たれて瀕死の兄(ヨハン)は、日本人天才的外科医Dr.テンマによって命を救われる。しかし、この手術が、将来を嘱望されていた青年医師の未来を奪っただけでなく、人知を超えた恐怖の物語へと彼を誘うことになる。テンマは無実の罪で追われながらも真実を明らかにするために、見えない糸を手繰り寄せるようにヨハンの影を追いかけ、深まる謎はやがて恐怖へと変化していく…それが浦沢直樹流「サイコサスペンス:MONSTER」なのです。 なまえのないかいぶつ この物語の重要なキーワードとなる「なまえのないかいぶつ」の絵本(単行本18巻の初回限定版にはカラー版の絵本がついてます)。実は、この絵本はチェコスロバキアの絵本作家:エミル・シェーベが書いた、実在する絵本の翻訳版が元になっています。この作者は作中の謎のカギを握る重要人物の絵本作家「フランツ・ボナパルタ」と同様に、素顔は一切公表されず、しかも現在消息不明です。おそらく、この絵本と彼の存在がこの作品構想のきっかけになったのでしょう。 「ぼくをみて ぼくをみて、ぼくのなかのかいぶつが こんなにおおきくなったよ」 ヨハンがテンマに宛てた、恐怖の連続殺人追跡劇の幕を開けるこの血文字のメッセージは、絵本「なまえのないかいぶつ」の作中でも使われていたフレーズです。西洋の有名な童話の原版には怖い話が多いのですが、「なまえのないかいぶつ」には、ひときわ異色でシュールな怖さすらあります。深読みすればするほど得体の知れない恐怖が湧いてきます。それはまさに、「MONSTER」と同じ種類の恐怖なのです。 終わりの風景 人間の善悪の根源を破壊することで、人間の中の怪物を目覚めさせることで何が起こるのか?物語は単なる殺人事件の追跡劇の枠を超えて、ヨハンという怪物を生み出す原因となった東ドイツで行われていた狂気の実験と、共産主義の崩壊に絡む政治的・歴史的事件、そして、善とは、悪とは何か?という哲学的・絶対的問いかけへとつながっていきます。記憶とは、孤独とは、自分とは何か、名前を持たないとはどういうことか、そして、「終わりの風景」の意味とは… テーマとしてはこの上なく重くて深い。しかし、登場人物たちは目の前の極限状態からの脱却に必死で行動しているだけであり、謎が更なる謎を、恐怖が更なる恐怖を呼ぶ展開が、読者には考える暇さえ与えられません。読後に襲う昂揚感が落ち着いてから考えを整理しようとすると、なぜかうまくまとまらない。それは、この作品がそういうテーマを語るために描かれたものではなくて、テーマが物語そのものだからでしょう。本能ではわかっているけど、理屈にはできないのです。しかし、そう解釈するならば、賛否の付け難いこの作品の最終回に、表面上からは読み取れない「何か」を感じることができるかもしれません。 First written : 2002/03/07
Last update : 2003/10/23 |