「恋風」とは? 「あたし他に好きな人ができたの」 2年続いた彼女との関係は、そのたった一言で終わった。まぁそんなもんか…自分でも驚くくらいあっさりと納得してしまった。「耕四郎って、心の底から誰かを恋しいと思ったことあるの?」と、別れ話を切り出した彼女から皮肉を言われるくらい、耕四郎は恋愛に対して淡白だった。それが自分でも判っているから、余計にイライラしてヤケ酒して…二日酔いで気分は最悪の通勤電車。そこでふと目に入ったのは、目に涙を溜めた少女だった。慌てて電車を降りる少女が落としたパスケースを拾って呼び止めた時、春風に乗ってまるで雪のように桜の花びらが吹き抜けた。失恋してからずっと下ばかり向いていたから、桜が咲いていることにさえ気づかなかったな… 翌日、思いがけずその少女と再会した耕四郎は、成り行きで少女の失恋話を聞いているうちに、なぐさめようと自分も振られたばかりだと話していると…今まで失恋なんてどうとも思っちゃいなかったのに、不意に涙が溢れてしまった。取り乱す耕四郎の頭を、少女は優しくなでてくれた。少女をなぐさめるつもりが、逆になぐさめられてしまって…カッコ悪いったらありゃしない。でも、どうせ名前も知らない他人なんだから…もう会うこともない他人だから…そう思っていた。ところが、実はその少女は、2歳の時に両親が離婚してから13年間も会っていない、耕四郎の妹の「七夏(なのか)」だったのです! 兄妹なのに…兄妹だから… 「兄妹の恋愛モノ」とジャンル分けをすると、ほとんどの場合「実は血の繋がらない…」というお約束な展開だったり、倒錯した恋愛というイメージを持ってしまうと思いますが、この作品の毛色はまったく違います。耕四郎は七夏と他人として出会ってしまい、自分の恥ずかしい失態を見せてしまい、あまつさえ少女にドキッとしてしまった。七夏はずっと会えなかった兄の耕四郎を「理想のお兄ちゃん」として美化していたけど、実物はぶっきらぼうでいつもムスっとしてて、でも、ときどきびっくりするくらい優しくて…兄妹なのに好きになってしまった。でも、兄妹だから好きになってはいけない。七夏はかわいい。そう思うのは当然だろ…妹なんだから。「妹だから」だ。何度もそう言い聞かせようとした。兄と妹の絆、親愛の情を深めるほどに、耕四郎は邪な気持ちを抱いてしまう自分を嫌悪して、七夏を遠ざけようとする。でも、兄妹だから離れることもできなくて…こんなに近くにいるのに気持ちを伝えられないなんて…「好き」って気持ちを言葉にして確かめたい、ただそれだけなのに…想いが届くということは、もう一緒にいられないってことだなんて… 恋しいってのはどういう事よ? スクリーントーンを一切使わずにカケアミと白だけで、陰影も、心象風景も、明るさも、温かみも、吐息さえも表現してしまう、とても繊細で丁寧に描き込まれた素朴で不器用で誠実な絵柄。その絵柄があまりにも優しすぎるから…あの桜吹雪の出会いも、あの銀杏並木の告白も、あの初雪の抱擁も、二度目の桜の別れも…頭で理解するより先に涙のスイッチが入ってしまいました。私にとってはその純粋さは眩し過ぎるのに、決して目を背けることはできなかったし、したくなかった。この物語はもう自分にとっては漫画じゃなくてドラマでもなくて、自分自身になってしまったから。「恋しいってのはどういう事よ?」単行本1巻の帯の宣伝コピーのこの言葉の答えは、きっと誰も知らないし正解なんてものもない。だから、ただ真っ直ぐに恋して傷つくことから逃げたくない。そんな素直で素敵な気持ちにさせてくれる不思議な作品です。 この作品のあまりものピュアさ加減は、あまりにも眩し過ぎて、読む者の心の穢れを抉り出してしまいます。よくある「妹萌えマンガ」だと思って軽い気持ちで読んでいると、アイデンティティがガラガラと音を立てて崩れてしまうほどの衝撃を受けることでしょう。むしろ、妹属性の方は拒絶反応を示してしまうかも知れませんが…どうか、「妹モノ」という色眼鏡で敬遠せず、漫画好きを名乗るなら是非押さえておいて欲しい逸品です!
First written : 2004/02/13
Last update : 2004/08/19 |