「風よ、万里を翔けよ」とは? 「風よ、万里を翔けよ」は、私が最も好きな田中芳樹:中国歴史ロマン小説です。物語は隋代末期。一般的には「隋唐演技」として括られることが多いこの時代は、三国志や水滸伝に比べると、日本人にはあまり馴染みの無いマイナーな時代なのですが、本場中国では、京劇の題材にもよく用いられるメジャーなお話なのです。記憶に新しいところでは、ディズニーのアニメ映画「ムーラン」の舞台にもなっています。(本書と題材が同じでも、その本質はまったく違いますけどね) 主人公は、徴兵される病床の父の身代わりとして、征遼百万の大軍に身を投じ、混迷を極めた時代で幾多の戦場を駆け抜けた男装の女武将「花木蘭」です。河南討捕軍の副将の一人としてとして200戦を超える反乱軍との戦いにことごとく勝利し続けながらも、煬帝政権の崩壊の流れは変えられない。自分たちは何を守るために戦っているのか?ひとつの王朝の没落を最前線の武官の立場から描いた歴史英雄活劇、それが「風よ、万里を翔けよ」の物語です。 田中芳樹流英雄活劇の真骨頂 田中芳樹の小説の醍醐味は何と言っても、緻密に計算され尽くした戦略眼と、血沸き肉踊る戦術展開と、会話の端々に現れる軽妙な駆け引きにあります。そして何より、歴史の知識がゼロでも確実にその時代が好きになってしまえることも挙げられます。その中核となるのは、やはり魅力的すぎる登場人物たちです。本作品は正史ではなく、脚色された京劇をベースにしていることもあって、歴史上では実在しない可能性のある人物も出てきますが、読み物としてはむしろその方が面白い。歴史という縛りがないからその人物像を自由に描けるし、物語の後の展開にも含みを持たせることができるのですから。 しかし、それだけで終わらないのが、田中芳樹流英雄活劇の真骨頂! 時には歴史的観点から客観的に時代を分析し、時には戦場で信頼できる仲間に背中を預けて戦う当事者の視点で主観的に筆を走らせる。勝てども勝てども終わることが無い戦乱への疑問。そして、いくつもの死線を超えてきた朋友を欺き続けることへの葛藤… 個と全、緩と急。本作は田中芳樹歴史作品が持つ魅力をすべて凝縮した一冊だと言えるでしょう。 ハッピーエンドの美学 私は田中芳樹作品をすべて読み倒してきましたが、氏の作品で明確なハッピーエンドを迎えた作品は少数派です。「まず歴史が先にありき」というスタイルで描かれていることが多いため、「すべては歴史の中に…」的な終わり方になってしまうことが多いのです。資料としての正確性が求められる歴史モノでは、その傾向は尚更です。そんな中にあって、本作品は架空(かも知れない)人物を主役にしていたために、例外的な終わり方をすることが出来た稀有な例と言えます。この点こそが、この作品が未だに私が一番好きな田中芳樹歴史小説であり続ける所以なのでしょう。 この作品で中国歴史小説の面白さに目醒めてしまった人は、ぜひ田中芳樹氏の他の中国歴史作品も読んでみて下さい。「銀英伝」「創竜伝」「アルスラーン戦記」などの、SF・ファンタジーのメジャー作品とは一味違う、歴史そのものが持つ魅力を再発見することができるでしょう。その入門編として、「風万」は自信を持っておすすめできる逸品です! First written : 2001/02/01
Last update : 2004/12/25 |