賭博黙示録カイジ
マンガ作者:福本伸行
 ギャンブル  サバイバルギャンブル漫画  全13巻 
連載:週刊ヤングマガジン(賭博破戒録カイジへと続刊)

「カイジ」とは?

 「銀と金」「天」「アカギ」…数々の名作ギャンブル漫画を世に送り出してきた、ギャンブル漫画界の鬼才:福本伸行。ギャンブル漫画界ではその名を知らない者はいないという程のビックネームでしたが、連載誌の性質上、一般の漫画読者層にとっては馴染みが薄い存在でした。しかし、週刊ヤングマガジンでの連載「賭博黙示録カイジ」で取り扱った新種のギャンブル「限定ジャンケン」が大きな注目を集め、漫画評論誌がこぞって絶賛して、その年の最優秀漫画に推挙したことにより、福本伸行の名と作品が歴史の表舞台へと踊り出ることになりました。

 福本伸行作品に対して、誰もが口を揃えて「絵は決して上手いとは言えない」と言います。鋭角過ぎる顎、不気味な歯並び、切れ目長の目…私も長年そう思ってきましたが、最近は少し考え方が変わってきました。あの独特の絵柄だからこそ、悪人はより不気味により醜悪に描けるし、感情を越えた本能がストレートに表現されるし、絵に余計な情報を与えないことで、ギャンブルのロジック解析と深層心理に没入できるのではないでしょうか? 間違いなく異端の作風ではありますが、ひとたびその異彩の妙の虜になると絶対に抜け出せない、麻薬のような魅力があります。

ギャンブルを超えたギャンブル

 単なるカード型のジャンケンに戦略性を持たせて、まるで生き物のように刻々と変化・進化する壮絶な思考戦にまでレベルを押し上げた「限定ジャンケン」。人間の果てしない焦燥・孤独と、死という絶対的な不死身の怪物の恐怖を鋭く抉り出す「地上74階電流鉄骨渡り」。鼓膜と聴力を賭ける悪魔じみた狂気の心理戦「Eカード」… 読者の想像力を遥かに超える、これらのオリジナルギャンブルに密かに仕掛けられたイカサマを、圧倒的な閃きで看破して「勝ち」への論理「理」(ロジック)を息を潜めてひとつずつ積み上げてゆき、そして、訪れる目も眩むような大勝と大金と論破! そのカタルシスが堪らない!!

 イカサマを看破して逆用するというのは福本伸行漫画の定石とも言うべき手法ですが、この作品ではギャンブルがオリジナルなので、イカサマのネタや勝ちのネタを先読みするのはほぼ不可能です。ちなみに、続編「賭博破戒録カイジ」の中では、チンチロリンとパチンコという普遍的なネタを扱っていますが、特殊ルールによって全く別物のギャンブルに進化しています。「ギャンブルを超えたギャンブル」これは、福本作品を形容するのに、最も相応しい言葉なのではないでしょうか?

紙一重の真実

 「カイジ」は単なるギャンブル漫画ではありません。極限状態のギャンブルによって、人間の業・欲望・本能・恐怖・孤独・修羅…普段は心の最深部に閉じ込めて忘れようとしている人間の醜悪な本性(怪物)を曝け出すことによって、人間の本質の奥の奥まで容赦なく踏み込んできます。しかし、「死」と相対した本当の「生」を突破することによって、より鮮明になるのは「生きること」への執着、夢・希望・未来へと向おうとする力、そして人間としての矜持…

 これは、現代人が抱える「仮の自分」という社会病に対する強烈な諫言とも解釈できますが、そもそも、真実というものは相対的なものであって、絶対的なものではありません。その人にとっての真実が、他人にとっても真実であるとは限らないし、真実とはえてして自分が最も忌み嫌い目を背けているものと紙一重な存在であるものです。大切なのは、それに気づくこと、そして動き出すことです。自分に決定的に「何か」が足りていないと感じている人に、ぜひオススメしたい作品です。

First written : 2002/06/14
Last update : 2003/10/31