「ハチミツとクローバー」とは? 東京の浜田山美術大学(浜美)建築科に通う竹本祐太は、築25年、家賃38,000円の木造モルタル・風呂無しボロアパートで、面倒見のいいオトナの真山先輩や、才気溢れすぎて傍若無人ぶりを発揮する森田先輩たちに囲まれて、日々取りとめなく大学生活を過ごしていた。そんなある日、花本教授が大学に連れてきた従姉妹のはぐみ(はぐ)との出会いが、決して忘れられない仲間達の日々の始まりだった。人が恋に落ちる瞬間を、初めて見てしまった…そう真山は照れて語るように、竹本は自分でもその気持ちに気づかないまま一目惚れしていた。そして、非常に分かりにくい構い方だったので誰も気づいていなかったが、森田もまた天才同士惹かれ合いはぐを気に入っていた。真山は亡き夫の残した仕事と存在から離れられない原田リカを想い続け、そんな真山にフラレても鉄人:山田は真山を想い続けて…こうして、お互いにそれぞれのどうしようもない恋心を押し殺して胸に抱きながら、足早に流れていく季節の中、共に同じ時間の中を過ごしていく。奇跡のような穏やかでかけがえのない時間を…片想いの人しかいない青春恋模様、それが「ハチミツとクローバー」なのです。 青春スーツ再装着完了! 青春恋模様と書くと、とにかく恥ずかしさ満載というイメージしかありませんが、この作品では、それを気恥ずかしいと感じてしまうこと自体を、絶妙なアレンジでギャグにしてしまいます。今まさに青春真っ只中の若者世代と、かつて青春を経験したオトナ世代と、そして遥か昔に過ぎ去った青春を優しく見守る老年世代。若さゆえに迷い苦しみ渇ききる事すらできないけど、だからこそ思い切った行動ができる。一方、さっぱりとしたオトナの態度を取ることで、傷付くことも傷付けることもないけど、一歩踏み出すことを躊躇い諦めてしまう。この2つの世代がクロスする恋愛模様は、単純な恋愛ドラマのようにはいかない。ただ好きとか愛しているとかじゃない。計算とか我慢するとか過去を忘れるとかじゃない。ただ、純粋に大事なもの。最後の最後まで一緒にいたいと願えるということ…そして、何もかもを懐かしく優しく労わるようにテンション高く見守ってくれるナイスなおじいちゃん達と同じ視点で、この物語を見守ることができた読者の心には、ごく自然に「青春スーツ」が再装着されていることでしょう。 その想いの詰まったシーンの演出で最大の効果を発揮しているのが、まるでピアノのイントロが聴こえてきそうな、ページ内に3段分割の横文字で綴られているポエムです。作者も後日悶え転がったという抜群の破壊力は、アニメ版でも非常に丁寧かつ忠実に表現されています。アニメ版からこの作品を知った方には、是非原作版の少女マンガならではの味わいも楽しんで欲しいものです。 描きたい、創りたい…それ以外の人生は私にはない この作品は片想いをテーマにした青春恋模様ですが、美術という創作を舞台にしているのも大きな特徴です。建築や油絵や陶芸など、様々なジャンルはあってもそこに共通しているのは「何かを創りたい」という強い気持ちです。新しい箱を開くたびに、たくさんの「?」が飛び出してくる。その目に映ったものを・感じたものを自分の中で格闘して消化して、創造物として昇華させていく。それは膨大なパワーと時間が必要で、そしてどこまで行っても終わることなどない世界です。それは他人目には変わり者のようにも映るかもしれない。とても繊細で傷付きやすい心。しかし、誰よりも強い魂の持ち主でもある。二度と描けなくなることだけは絶対にダメ…神経が繋がっていることを確かめるために、痛みさえもねじふせた彼女の姿に…「描きたいの…これ以外の人生は私にはないの」と言い切る彼女の言葉に…圧倒されながら、友達として支え向き合い続ける登場人物たちの姿に…いい年こいたオトナの私は泣きそうになりました。 言葉はいらない。ただ黙って側にいられるということ。優しくすることを許すということ。何もかも全部あげると笑って言えること。上手くいかなかったこと・消えて行ってしまったものにも、きっと意味はある。たとえ何もかもが思い出になる日が来ても…こそばゆい甘い痛みとともに、ありったけの幸せをくれる逸品です。 First written : 2006/09/21
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