web連載小説
※このweb連載小説は、GM研の前身組織「Game Manga 研究会」時代に製作した、RPGツクール3専用の自主制作ゲーム「AFTER WORLD 〜遅れてきた冒険者〜」のシナリオを、web小説向けに改訂再構成したものです。ゲーム版の製作に協力してくれた仲間たちに改めて感謝の意を評します。著作権はGM研が保持しています。禁無断転載。
AFTER WORLD(第1話)「遅れてきた冒険者」
光と闇---
決して相容れることのない、その概念が生まれた原初から対立を続けてきた両陣営は、幾度もの大戦と大破壊を巻き起こしながらも、いずれかを完全に滅ぼすに至ることはなく、ギリギリのピンチになると”救世主”と呼ばれる英雄がいつも出現して、常に危うい勢力バランスを保ってきた。有史以来…いや、おそらくは、それ以前からずっと…まるで、天秤を揺らし続けてバランスを取ることこそが、世界の見えざる意志であるかのように…
ところが、そのパワーバランスの世界律は、先の魔王戦争における”魔王”の存在によって崩壊してしまった。闇の陣営に属する魔物たちは、1匹1匹は人間を遥かに上回る身体能力と高度な知性を有するものの、統一された意志によって訓練されることも集団として統率されることもなかったため、集団戦術を駆使する光の陣営にとって大きな脅威となることはなかった。散発的なトラブルは絶えなかったが、互いのテリトリーを不必要に犯すことさえしなければ、最悪の状況にはならない…闇の存在を認め、闇と共存していこうという考え方が定着してからは、ここ数百年に渡って緩やかな平安は保たれてきたのだが…
だが、長すぎる平和は、やがて人々の恐怖心を麻痺させてしまっていた。文明の高度化によって生活圏を拡大させ続けた光の陣営は、やがて魔物たちのテリトリーをも奪い始めたのである。やってみると、それはあっけないくらい簡単なことだった。自らの陣営同士の国家間戦争の中で、戦争の道具として兵器を進化させてきた光の陣営は、いつの間にか魔物たちとは比べ物にならない巨大な戦力を持っていたのである。人々は、我先にと禁忌とされてきた土地を競って開拓してゆき、ついには国家軍隊も動いてすべての魔物たちを地上から駆逐しようとした。それが大きな過ちであった。
追い詰められた魔物たちは、自分たちの守護者として、”この世にあってはならない者”を召還してしまったのである。そうして誕生したのが、魔力の源泉をそのまま実体化させた究極の魔物「魔王」である。圧倒的な魔力を誇る魔王は、すべての魔物を軍団として統率して逆襲に転じ、瞬く間にあらゆる国家軍隊を壊滅させてしまった。すでに王も軍も失って組織的な抵抗手段を失ってしまった光の陣営は、成す術もなく闇の勢力によって蹂躙された。散発的な抵抗勢力は各個撃破されてゆき、抵抗の意志を示した街は、魔王の指1本で消し去られてしまった。毎月魔王の気紛れで1つの街が地図から消えていく…保身に奔った権力者たちは闇の陣営に寝返って、身内である同胞を殺した数を競うことで忠誠を示そうとした。殺すことでしか生き延びることのできない地獄のような世界…何も誰も信じることができず、希望を持つこともできなくなるほどの絶対的な絶望の中で、光の陣営は滅びの急斜面を転がり落ちていった。
その暗黒の時代に終止符を打ったのが、後世に12英雄と呼ばれる者たちの決起であった。それぞれの種族から最も傑出した人物が集まり、魔王に堂々と挑戦状を叩き付けたのである。あまりの歯応えの無さに飽いていた魔王は、罠と知りながら余興としてこの誘いに乗ってきた。無限の魔力供給源を自らの体内に持つ魔王に対して、万にひとつも勝ち目など無い。生物概念を超越した存在である自分を滅ぼすことなど、神以外の誰にもできない。そう確信していたのである。しかし、その慢心が仇となったのである。
12英雄たちには秘策があった。それは、神代の御世にただ一度だけ使われたという伝説---神話の世界の禁断の秘術「極大六芒星魔法陣」を発動させることである。その魔法陣とは…
「痛っ!」
額に鈍い痛みを覚えて、僕は目を覚ました。まだボーっとする意識の中で状況を確認する。どうやら、また授業中に居眠りをしてしまったらしい。何事も無かったように授業を進める世界史の教師。どうやら、奴のお得意のチョーク投げが額に命中したらしい。いつもなら寝ていても殺気さえ感じれば余裕で回避できるのに、今日に限っては眠りが深かったみたいだ。まぁ、春だもんなぁ…教師の方も、いくら注意しても無駄だと悟ったのか、怒鳴ったり説教したりはしてこない。それはそれで楽だけど、張り合いが無いとも言える。ただでさえ田舎の村の平和すぎる日常で、身も心も鈍っているというのに…
あれから15年… 魔王亡き後、魔王の魔力供給で強化された躯体を維持することができなくなった魔物たちは、統率を失って急速に弱体化してしまい、復讐心に燃える人々の手によって次々と狩られて行った。数年後には魔物の絶滅宣言が出されて闇の勢力は完全に駆逐され、魔王戦争で焦土と化した世界は、12英雄を指導者として仰ぐ世界再建構想のもとで、めざましいスピードで再建を果たし、かつて経験したことのない未曾有の繁栄の時代を迎えようとしていた。
それは、剣と魔法の時代の終わりと、学問と科学の時代の到来を意味していた。限られた才能を持つ人間が命というリスクを犯して、剣と魔法で戦功を上げて栄達する時代は過ぎ去り、学問によって誰もが等しく競いチャンスを掴むことができ、誰もが科学の発明の恩恵にあずかれるシステムが定着したのである。剣という武器ではなく、勉強するためのペンを。魔法という神秘ではなく、公式化された科学を。もはや自然や精霊は畏怖の対象ではなく、消費し支配するものなのだ!
学歴社会化の大波は、幼き日に生ける伝説となった12英雄たちに憧れ、独学で剣の道を志していた少年:ティムが住む、田舎の村にも押し寄せていた。いい高校を出て、いい大学を出て、いい会社に入ること。漠然としたその枠組みにはめることだけを目的とした無個性化教育…
「平和な時代に生まれただけでも大変な幸福だ」
戦争を経験したオトナたちはそう言うけど、僕らだって好き好んでこの時代に生まれたわけじゃない。社会の仕組みが変わったから、人も物も考え方も何もかも変えなくちゃいけない。そんな世界は、どこか歪でロクな結果を生まないような気がする。人はそんなに急には変われないし、人が世界の何もかもを支配し、世界の在り方そのものを変えられるなんて、とんでもない幻想なんじゃないのか…
「ティム!ま〜た、授業中に寝てたんでしょ?」 夕暮れの河原の土手に寝そべって考え事をしていると、聞き慣れたツッコミが入ってきたので、いつものように反射的にそう返してしまった。声をかけてきた女の子は気にも留めた様子もなく、少年の隣に腰を下ろして、何をするでもなく、夕凪に長い黒髪を泳がせながら、ただ夕日をキラキラと反射する小川を眺めていた。
「今年は高校受験の年だってのに…まったく変わんないわね、アンタは」 物心ついたころからずっと続けてきた、漫才のようないつもの軽口の叩き合いは、ここまでだった。今日に限って、そこから話が続かない。しばらく居心地の悪い沈黙が続いたが、やがて彼女が真顔になって聞いてきた。
「で…どうするの?進路希望の紙提出、今週末までだよ?」 小石を河に投げ込んで八つ当たりしてみる。ポチャンという音だけがやたらと大きく響く。この話をすれば絶対、こういう嫌な雰囲気になるのを知ってるくせに、なんでそんなこと聞くんだよ。お前だけは、分かってくれてるんじゃなかったのか?くそっ、イライラする…
「…でも、それだけだよね、ティムは…」 カッとなった僕は、思わず手が出てしまった。子供頃から数え切れないほど口喧嘩はしてきた相手だけど、手を上げたことなんて一度もなかったのに…でも、それよりもっと痛かったのは、泣き虫のくせに、腫れた頬を庇いもせず、泣きそうになるのを堪えて僕を睨み続ける、彼女の強い瞳だった。侮蔑でもなく嘲りでもなく憐れみでもなく…まるで、言ってはいけないことを言ってしまった自分自身を責めているかのような、複雑な…でも、それもほんの一瞬のことだった。彼女は何も言わずに、振り返りもせずに走り去ってしまったから…声をかけることも追いかけることも出来ず、夕焼けの土手に一人残された僕は、日が暮れるまで立ち尽くしていた。
その夜、僕は寝付けずにずっと考え事をしていた。夕方に彼女に言われた言葉が胸に痛かった。確かにその通りだった。自分の実力を試すこともなく、安全な場所で学校や社会やオトナたちを否定ばかりしていた。学校で教えてくれないなら、自分で道を切り拓くしかないのに…家を飛び出す勇気もないくせに、命のやり取りを生業にする冒険者が務まるはずがないのに!
そうだ、この決意が揺るがないうちに、家を抜け出そう。どうやったら冒険者の仕事が見つかるかなんて、サッパリ分からないけど…とりあえず都に出ればなんとかなるだろう。貯金箱からなけなしの貯金を引っ張り出して、いつもの訓練着を正装代わりにして、物音を立てないようにそーっと家を抜け出した。書置きくらいした方が良かったかも知れないけど、そこで決意が鈍ってしまいそうだったから…ただ一言、心の中で「ごめん」と呟いて、僕は生まれ育った家に別れを告げた。
村の出口に差し掛かったとき、柵に腰掛けた人影が見えた。この暢気な田舎町に門番なんているはずがないのに…だが、良く見てみると、それは寝間着にコートを羽織っただけの彼女だった。
「来ると思ってた…」 背中を押されるようにして、僕は夢への一歩を踏み出した。
こうして、僕の冒険者になるための冒険は始まった。
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