monthly Manga Review
日系人合衆国大統領誕生!? 世界最強の軍事力と経済力を持つ国家、それがアメリカ合衆国です。様々な紆余曲折や社会的矛盾、強引な軍事行動による失政が絶えることもないが、総合として常に自浄能力と自己修正を働かせることで、アメリカはいつの時代でもアメリカであり続けた。そのシステムを支えているのが、2大政党による1年間に渡る激しい合衆国大統領選挙である。莫大な資金と産業界の思惑が飛び交い、国民に開かれた議論に敗れれば二度と立ち上がれない致命傷を負う。すべてはひとりの「カリスマ=合衆国大統領」を創り上げるために…それが合衆国大統領選挙なのだ。 今日のアメリカの繁栄は移民によって築きあげられてきた。ヨーロッパからの白人移民たちは土地を開拓し文明を持ち込んだ。黒人移民たちは労働力として基幹産業を支えてきた。アジア系移民は商才と根気で独自の文化を持ち込んだ。そのすべてを包み込む機構、それがアメリカ合衆国なのである。しかし、現実問題として白人以外の大統領は皆無である。厳然として存在する人種差別という壁と矛盾… 理念と感情とは別物である。この根源的な問題に、ひとりの日系人弁護士が戦いを挑んだ。その名は「ケネス・ヤマオカ」。 信念と野望と愛と… 彼は圧倒的な不利をことごとく覆して、大統領への道を突き進んでいく。決して変わることはないと諦めていた社会の悪常識を次々と打ち破り、人々の心を捉えていく。人種差別の根絶、国防以外の軍事行動の放棄… アメリカが抱える矛盾という爆弾の信管を引っこ抜くという危険で乱暴なやり方で… それはまさに戦争である。そう、ヤマオカの中ではまだ戦争は終わっていないのだ。ベトナムのジャングルで味わった戦争という人類の愚行を消し去るために…反戦デモや学生運動では何も変わらない。一時の感情ではなく、もっと実際的な力が必要だった。その途方も無い計画、それが合衆国大統領になるというものだった。 そんなヤマオカ候補は致命的な爆弾を抱えている。かつてヤマオカがベトナム戦争出征前に沖縄で出会ったひとりの日本人女性との間に生まれた息子:城鷹志の存在である。ヤマオカは鷹志を自分の選挙活動の密着取材記者に指名するが、その意図は一体なんなのか? 不審だらけの母の突然の死… その真相を確かめるために、鷹志はヤマオカを観察し続ける。次第にヤマオカの政治家像に惹かれていくが、それと同時に疑惑と恐怖も大きくなっていた。野望の果てにあるものとは…? かわぐち哲学の結実 かわぐちかいじ作品のすべてに共通して言える事、それは根底に流れる未来への信念です。それは政治であったり、軍事であったり、男と女であったり… 様々な形で熱く激しく、時には狂おしい物語の中で、読者に忘れがたいメッセージを植え付けてしまいます。その濃度の濃さこそが、氏の作品が狭くても深く長く愛されている原因なのでしょう。 氏の政治理念はいたって単純です。それは「リーダーによる変革の断行」です。できるかどうかではなく、やろうとするかどうか。しかし、理想だけでは食べてはいけない。リーダーに求められる役割とは、民衆に理想にいたるステップを明確に示し、そこに辿り着くためならば万難を排して突き進む行動力と決意を大衆に与える能力… それはカリスマと言い換えてもいいかもしれない。事実、合衆国大統領という職務にはそれだけの責任と理想を実現する権力があるのだから。 将来、氏の政治思想を理解する上で、この作品は欠かせないものとなるだろう。なぜなら、この作品には「日本人の叡智と信念」と「偉大なる移民国家アメリカ合衆国」の融合が実現しているのですから。氏の中では過去の戦争は、もう終わった。これからは未来を創るための戦いが始まるのだ。
|