monthly GM-ken Head Lecture

 第五回GM研所長講演

同人誌のすすめ
2001/06/01

同人誌のすすめ

 あなたは「同人誌」というものに、どのようなイメージを持っていますか? この講演が掲載されている月刊GM研においても毎月一本の同人誌のレビューが掲載されていますし、同人誌活動を通じて月刊GM研の読者になっていただいた方も少なくはありません。しかし、全国的認識という意味では、同人誌というのはまだまだ得体の知れない「踏み込んではいけないオタクの領域」としか認識されていません。

 事実、ずっと地方在住だった私にとっても、同人誌という存在は物理的にも入手できなかったし、情報も入ってこないないので興味すら持つことは無い存在でした。社会人になって都会に出てきて、その道の同僚の影響を受けて初めて「そのなんたるか」を知ることができました。その幸運な出会いは本当に偶然でした。では、その偶然すら起きようがない世の大多数は、同人誌の真実の姿を知ることなく、このまま永遠に誤解したままでいなければならないのでしょうか?

 それは大いなる損失であり不幸です。今回の講演で徹底的に同人誌という存在について考察することで、ひとりでも多くの人間の誤解を解き、真の姿を理解していただきたい。それが今の私にできる、同人誌にもらった新たなる感性という刺激に対する、精一杯の恩返しなのですから…


同人誌の定義

 さて、ひと口に「同人誌」と言っても、その範囲・分野は非常に多岐に渡ります。言葉の上での正確な定義としては、「自費出版創作物及び2次創作物全般」と言った方が正確でしょう。その媒体は本に限らず、CDであったり、バッチやシールなどのグッズであったり、自作の人形(や素材)だったり… というように、基本的になんでもありです(法律や公序良俗に反するもの(銃・刀・爆発物・薬物・違法コピーなど)は禁止ですけどね)。

 しかしその中でも圧倒的なジャンル数と販売量と長い伝統があるのは、やはり「本」です。「同人」というジャンルが時折「同人誌」という括りで認識されることもあるくらい、基本中の基本なのです。

「同人=エロ」という誤解

 ここで世間一般に誤解されている事実として、「同人=エロ」という偏見が通説となってしまっています。…確かに、同人業界の7割以上が「エロ」です。それは歴然たる事実であり否定はしません。そもそも、同人誌が作られる動機というものは、その作品世界や登場人物に対する過剰な思い入れによるものであり、同じ趣味を持つ人とその思いを分かち合いたい…という衝動によるものなのです。それは「同人」という言葉の語源でもあります。

 同人誌の読者と作者の距離は非常に近い。その気になれば誰でも作家になれるし、読者が作家を育てることもできる。その蜜月関係は理念としては非常に素晴らしいことです。しかし、その関係が閉塞的なごく一部の支持層「オタク」のみによって一定の市場が形成されてしまい、それが事実上のスタンダードになってしまった時、大きな誤解が生まれてしまったのです。そうして生まれたのが「同人エロ」というジャンルなのです。「オタク」が自分が欲しいものを自分の手で作り出して「オタク」に売る。そのいたって単純な構造は、あっという間に同人誌業界を席巻し、今や業界の7割以上のシェアを持ち、同人の代名詞にまでなってしまいました。

 しかし、誤解しないでいただきたいのは「エロは同人の1ジャンルに過ぎない」ということです。真剣にパロディやオリジナルをやっている同人作家と読者にとって、これはいい迷惑です。「同人誌やってます」と公言すれば後ろ指を差されるような思いをしなければならない。

 だからといって、「エロを駆逐せよ!」などと言いたいわけではない。そういうものが読みたい人がいる以上、いくら迫害したところで無くなりはしないのだから。興味が無ければ干渉しない。それが同人業界の暗黙の了解であり、最低限のルールなのですから。しかし「同人=エロ」という誤解は解かなくてはならない。飽和状態にある現在の同人業界が、今後さらに質・量ともに発展していくためには、一般市民からの理解が絶対に必要なのです。

即売会の表と裏

 同人誌即売会の代名詞であり、日本最大(つまり世界最大)のオタクの祭典、それが「コミックマーケット」です。毎年2回、お盆前とお正月前に開催され、約35000ものサークルと約40万人以上を動員する史上空前のイベントです。コミケの規模拡大とともに同人誌業界全体も拡大してきました。同人サークルの中から多くの新進気鋭のプロ作家も生まれ、様々な分野の業界レベルの底上げにも多大な貢献を果たしてきました。

 しかし、コミケの歴史は決して安穏たるものではありませんでした。有害図書規制や著作権侵害問題、増加を続ける参加者と警備消防上の法規制の壁、未成年の徹夜行為、高値で裏取引されるサークルチケットとダミーサークルの存在… 様々な問題を抱えながらも、コミケは「表現の場」を守るために続いてきました。それは単なる即売会ではなく「作品発表の場」であり、同じ趣味を持つ人間同士の「社交の場」であり、参加者一人一人が創り上げる「お祭り」なのです。お祭りを楽しむためには、参加者のマナーが大切である。警備を強化したり規制を厳しくしたりしても、それでは単なる無粋であり白けてしまう。そうならないためにも、特に慎まなくてはならいのは「独善的営利行為」である。

 独善的営利行為とは、大手サークルの人気本を最初から転売目的で買い占めたり、ダミーサークルを使ってサークル入場したりする行為である。大手サークルの希少本には中古同人誌屋で3万円くらいの値段がついているものもあるし、ネットオークションでも高値でよく取引されている。しかし、そういう心無い買い占めによって正当な手順で参加した人の手に本が行き届かないケースが頻発しているのだ。また、ダミーサークルによって本来参加するはずだったサークルが落選することになり、サークルチケットが闇市場で3万とも5万とも言われる値段で取引されているのだ。

 生臭い話であるが、そういう身勝手な人間が非常に多いのが「オタク」という人種なのだ。基本的におとなしいので警備上の問題は起こさない(徹夜も整然とする)が、社会的常識が欠落している人が多いので、なんでも物事を自分中心に考えてしまうのだ。同人は確かに非常に限定的な文化だ。だが、現実を忘れて逃避し、そこに埋没してしまうことは、文化そのものの後退を意味するのである。

 世界の最先端を行く日本の漫画・ゲーム・アニメーション業界を支援する同人業界。世界にその類を見ない規模の特殊な存在は、参加者の情熱によって支えられてきた。その灯火を護り、次代にその可能性を引継ぎのは参加者一人一人の義務なのです。

自由が生む未来のカタチ

 「ラブひな」の赤松健、 「あずまんが大王」のあずまきよひこ、 「デ・ジ・キャラット」のこげとんぼ、 「カードキャプターさくら」のCLAMP、 「ももいろシスターズ」のももせたまみ、 イラストレータの緒方剛志 島本和彦、八神健、サムシング吉松…

 他にも多くのプロ漫画家が同人誌の世界で育ち、第一線で活躍しています。彼らは今でも同人の志を忘れることなく、修羅場の進行の合間を縫ってコミケに参加し、プロ志望のサークル作家の希望として強烈な存在感を示しています。商業誌にとって以前は偏見と卑下の対照でしかなかった同人誌だが、彼らの活躍によって今では商業誌が自ら積極的に同人業界に人材を発掘しようとしている。ここ数年で同人誌を取り巻く環境は大きく変わったのです。

 しかし、同人誌市場がいかに巨大になろうとも、それをカタチづくっているのは、サークルであり一般参加者であり準備会であり…参加者個々が集まって創り上げたものであり、いくら殻が大きくなっても中が空疎ではいつか解体していくでしょう。あらゆる表現行為を認め、反映させ、可能性を伸ばしていくことで、何かを為そう、少しでも先に進もうとする人達にとって、同人誌は今まで以上に魅力的な文化となっていくでしょう。

 自由が生む未来のカタチ… まだ誰も知らない才能は、あなた自身かも知れません。

 

2001/06/01 GM研所長 : gonta


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