monthly Book Review
人生の書との出逢い あなたには「師」と呼べるものがありますか? それは尊敬する人物であったり、人生の恩人であったり、身近な両親であったりします。しかし「師」は何も人間であるとは限りません。雄大な自然に感銘を受けることもあるし、時には一冊の本に人生観を変えるほどの衝撃を受けてしまうこともあるのです。 私にとって「銀河英雄伝説」(以下、銀英伝)は正に人生の「師」と言える一冊です。私がこの本と出逢ったのは中学生の時でした。当時兄が夢中で読んでいた小説が気になって、私も読み始めたのですが… 第一印象はあまりいいものではありませんでした。なぜなら、まともに小説を読んだことも無い子供にとって、本格長編小説の文字量は圧倒的だったのです。しかも、銀英伝は登場人物がやたと多く、しかもその関係は複雑怪奇で、その上時代設定も歴史的観点が交錯… 小説童貞の少年があえなくノックアウトされたとしても不思議ではない難易度でした。 しかし、障害が多いほど恋は燃え上がるように、私は「ある瞬間」から銀英伝から離れられなくなりました。その時の衝撃は人生最初で最大のものでした。そのままの勢いで全10巻を読破した後も、行間の隅々まで何度も何度も読み返しました。そこには学校の先生も親も教えてくれなかった「人間」というドラマがありました。私はそこから人間を学び、私という人間を形創り、そして今の私を肯定してくれるのです。 二人の天才と、百人の名脇役 この小説の魅力は多すぎて説明しきれません。宇宙を舞台にした壮大なロマン、血沸き肉踊る克明な戦術展開、心躍る登場人物の軽妙な会話、歴史的観点での多角的な分析… そのすべてが何ものにも代え難い魅力を持っています。それこそが、未だに「不滅のスペースオペラ」として賞賛される所以なのです。 この小説には二人の主人公が存在します。「常勝の皇帝ラインハルト」と「不敗の魔術師ヤン・ウェンリー」。陣営も主義も思想も理想も、何もかも異なる二人の共通点は圧倒的軍事的才能。二人の才能に魅せられて人材が集まり、二人の行くところに歴史が創られていく… そこに集う人材は、主要な者だけでも百人を越える。しかも、それぞれが確固たる個性と人生観を持っているのだ。その関係は恒星と惑星のようなものである。ラインハルトとヤンという恒星が輝く程に、惑星たちも光り輝くのだ。恒星も惑星があってこそ初めて星系としての意義を持つ。名優も脇役があってこそ引き立つのである。 銀英伝に登場する人物たちは脇役というには余りにも魅力的です。私は今でも百人を越える登場人物をフルネームで暗唱できます。それこそが銀英伝がいかに魅力的な作品であるかを物語っているといえるでしょう。 歴史と伝説と人間と 銀英伝は単純に「小説」と割り切ることはできません。この作品には非常に多くの人間の生き様と、歴史的観点で考察する人間の多面性を通して、「人間存在の矛盾」と「人間存在の意義」を同時に語りかけてきます。感動でも共感でも悲哀でもなく… 読後に読者を襲うのは、激しい自己への問いかけです。今まで考えようとしなかったこと、今まで考えないようにしてきたこと、今まで考えたくなかったこと… 人間が独力では決して解決することの出来ない心のモヤを吹き飛ばす「契機」になりうる存在。私にとっては、それが銀英伝だったのです。 人間は周りの環境によってどのようにも変化することが出来る適応性を持っている。だが、それは流されやすいという弱点でもある。本当に確かなものなど、この世には存在しない。でも、だからこそ、私たち人間は探し続けるのだ。私は幸運にも「人生の書」と公言できる素晴らしい作品に出会うことが出来ました。素晴らしい作品への感謝の気持ちから、私は自然と評論活動を始めるようになった。そして今の私がいる。そう、私たちが生きていくこと。それこそが伝説であり、歴史なのです! |