monthly CD Review
村下孝蔵

幻の曲

 私には、長年捜し求めて止まない1曲がありました。その曲はかつて、アニメ「めぞん一刻」のオープニングに使われていたのですが、僅か数回でオープニングテーマが差し替えられてしまったため、その曲が誰の曲だったのか全く分からなくなってしまいました。タイトルもアーティストも分からず、サビだけを頼りに探し続けること10余年…探すことに疲れて、もう諦めかけていた時、私は偶然その曲に巡り逢ったのです。

 その曲のタイトルは「陽だまり」。歌っているのは「村下孝蔵」という方でした。皮肉なことに、私は村下氏の訃報によって氏の存在を知ったのです。大好きな漫画家が単行本の片隅に書いていた村下氏への追悼の言葉…そこから始まった興味は、思いもかけない偶然を引き起こしました。まさか、長年探していた曲が村下氏の手によるものだったとは…!衝動的に買ったCDからその曲が流れてきた時の驚きは、最早言葉では表現できません。まず驚き、そして喜び、最後に寂しくなりました。この歌を創った人は、もうこの世にいないのですから…

村下孝蔵works

 ここで村下孝蔵氏の経歴を簡単に紹介しておきましょう。1953年2月28日、熊本県に生まれる 。生家が映画館を経営していたため、映画の影響でギターに魅せられる 。そして、九州を離れ広島にてピアノの調律師をする傍ら、自主製作アルバムのレコーディングを開始。1979年CBSソニーオーディションにて最優秀アーティストに選ばれる。以降七夕コンサートを筆頭に地道なコンサートツアーを続け、年一枚のペースでアルバムを発表。その後数曲のヒットを経て、他アーティストへの楽曲提供を行うなど、作家としての力も発揮。「平成の歌謡曲」をめざし意欲的に制作活動を行う。1999年6月20日七夕コンサートリハーサル中に倒れ、6月24日(木曜日)午前11時27分、高血圧性脳内出血のため死去。享年46歳。円熟期を迎えつつあった彼の早過ぎる死を、多くのファンが悼みました。

 もっと詳しく知りたい方は、村下孝蔵オフィシャルホームページをご覧下さい。

日本人の故郷

 日本人が忘れてしまった心の故郷が、氏の曲の中には生きている。いや、氏の曲は私の中に眠っていた故郷の記憶を呼び起こす、と言った方が正確であろう。想い出に浸ることは決して恥ずべきことではない。想い出を否定することは自分を否定する事と同義なのだから。

 村下孝蔵氏の曲は、どこか物哀しく、切なく、そして郷愁を呼び起こす。少年時代の甘酸っぱい想い出、歯がゆい想い出…若かった。でもそれだけだった…若すぎた。それだけが答えだった…もう戻らない時。忘れられない人がいる。たとえ想い出がセピア色に脚色されてしまっても、僕は還ることが出来る。あの時代に。この曲と共に…